耕さない、無理をさせない。それが私にとっての「自由」

本日は、下着とは関係ないお話を。。
私は趣味で、自然農の畑で野菜を作っています。
冬のピンと張り詰めた冷たい空気。湿り気を含んだ土の匂い。
そんな静かな空間に身を置いていると、不思議と心がほどけていくのを感じます。
もともとは、「庭の小さなスペースで、何か育ててみようかな」という軽い気持ちからでした。
「絶対に無農薬じゃなきゃ!」と肩肘を張っていたわけではありません。
ただ、自分で食べるものなら、薬や肥料に頼りすぎず、
たとえ小さくてもいいから「自然な姿」で育ってくれたらいいな。
そんな、ささやかな願いから始めました。
そこで出会ったのが、「自然農」という考え方。
驚いたのは、その「不耕起(耕さない)」という教えです。
普通、畑は一生懸命耕して、ふかふかにしてから野菜を育てますが、
自然農は、無理に土を動かしません。
環境や野菜に無理をさせず、ただ寄り添いながら、その子が持つ生命力を信じて待つ。
その思想に触れたとき、なんだか「妙にしっくりきた」のです。
そして同時に、今の自分たちの暮らしにも、同じことが言えるんじゃないかと思いました。
私は超「猪突猛進」なタイプです。
亥年生まれということもあってか、母からは「本当に猪突猛進なんだから!」と、半ば呆れ顔で笑われることもしばしば。
いつしか私は、「突っ走る自分は、どこか直さなきゃいけないダメな部分なのかな」と、
自分を少しだけギュッと締め付けるようにして生きていた気がします。
子育てでも、同じでした。
特に一人目の時は、「しっかり育てなきゃ」と肩に力が入りすぎていたのです。
世間で流行る「自己肯定感を高める子育て」という言葉を意識しすぎて、
子供に小さな成功体験をさせなきゃ、失敗させちゃいけない、と。

でも、それって畑でいえば、野菜を大きくするために無理やり土を掘り返し、
肥料をこれでもかと与えるようなもの。
よかれと思ってやっていることが、実はその子が本来持っている根っこの力を、
信じきれていなかったのかもしれません。
自然農の畑で、雑草や虫たちと共生しながらのんびり育つ野菜たちを見ているうちに、ふと気づきました。
「あ、私も、無理に自分を耕さなくていいんだ」
猪突猛進な閃きも、私の大切な一部。
肥料をあげて無理に大きくしなくても、失敗しても、「それでいいんだよ」と寄り添って待つ。
そんな「不耕起(耕さない)」の姿勢が、心にも身体にも必要だったんです。

TESHIKIがゴムの締め付けを極限まで抑え、
布のゆとりを大切にしているのは、
まさにこの「耕さない時間」を過ごしてほしいから。
外側から自分を形作るのではなく、
内側から自然に溢れてくる心地よさを待つ。
まずは身体の締め付けを解いて、深く呼吸すること。
そこから生まれる余白こそが、自分自身を、そして大切な誰かを、
ありのまま信じるための力になると信じています。